スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--
スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Page up▲

授かり婚について思うこと

2010/08/27(Fri) 15:56
日記

すさまじくとてつもなく本気で独り言です。
   
人それぞれ、いろんな事情があるだろうけど、すべて肯定は出来ない。

婚前交渉がふしだらって言いたいわけじゃない、むしろ大いに結構。
素晴らしい愛情表現だと思う。
ただ、そこに責任があるかどうか。

自分に対する責任、パートナーに対する責任、子供に対する責任。

自分が苦しむのは良いとして、自分の無責任さでパートナーや子供が苦しむことになっても、本当の意味での責任なんてものは取れやしない。
自分の人生に対する責任を自分で一手に引き受けることが出来て初めて、相手に対しても責任のある行動が取れる。

妊娠・出産は、母子共に死と隣り合わせ。
命に関わることに通用する言い訳は存在しない。
本当に心からパートナーを大切に想う気持ちがあるなら、自ずとやるべきことは分かるでしょう。

コンドームは感染症には効果的でも、避妊には不十分。
環境の変化や精神状態に敏感でデリケートな女性の身体に、危険日・安全日なんてものは存在しない。
知らなかったじゃ済まされない。
性行為をするということは、そういうこと。

そして、親に値する人格と、子供を安全に育てることが出来る環境、経済力。
これが整ってから子供を迎え入れるのが、最低限の責任だと思う。
子供は100%親に依存して産まれてくるのだから。

でも、そこに何があっても揺るがない決意があればいいんだと思う。
どんなことがあっても、一生2人で支え合って生きていく覚悟。
それに加え、たとえ1人になっても育て上げる覚悟。
だから、「結婚してる・してない」、「出来ちゃったか・計画出産か」、それ自体が「良い・悪い」とは思わない。

ただ、「結婚すること」と「子供を産み育てること」とは、重みが全然違うから、まずは「結婚」という責任を果たすのが、自分や相手に対しての誠意だと思うんです。




私はそんなに若くないので、本音では早く子供が欲しいと思っています。
でも、100%に近い方法で避妊しています。
本当はそんな自然に反することしたくないけど、この人の子供が欲しいって思える相手がいても、迎え入れてあげられる準備が出来ていないから、作りません。
その準備やタイミングに私の身体が間に合わなくても、誰のせいでもない、これもまた自分の責任。

何をするにも、「する」という選択に対する責任ばかりを意識しがちだけど、「しない」という選択にも責任はある。
 

テーマ: ひとりごと
ジャンル: ライフ

Comments(0)

Page up▲

Post a Comment

Private message

Page up▲

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。